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札幌高等裁判所 昭和57年(う)184号 判決

被告人 若月雅裕 ほか一人

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人南山富吉、同尾山宏、同佐藤文彦、同菅沼文雄、同後藤徹、同佐藤義雄、同横路民雄、同川村俊紀提出の控訴趣意書及び昭和五八年九月一〇日、同月二〇日付各控訴趣意補充書に記載されたとおりであり、これらに対する答弁は検察官古屋亀鶴提出の答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中本件行為の目的に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人らの本件行為の第一義的な目的は、主任制度化問題についての交渉が道教委により打ち切られたことから、かかる事態を打開するための対抗戦術として、主任制度化問題とは直接関係のない本件昭和五二年度北海道小・中学校教育課程指導助言者研究協議会の開催を実力で阻止することにあつた旨認定しているが、この認定は不当であり、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで、記録及び証拠物を精査し当審における事実取調べの結果を加えて検討する。まず、原判決挙示の関係証拠を総合すると、本件に至る経緯等は概ね以下のとおりであることが認められる。

(1)  昭和五〇年一二月、文部省は、小学校、中学校(以下、「小、中学校」という。)等について、教育活動を円滑かつ効果的に展開し調和のとれた学校運営が行われるためにふさわしい校務分掌の仕組みを整える必要があるとの見地から、学校における教職員の組織の基本的なものとして、教務に関する事項につき教職員間の連絡調整や関係教職員に対する指導助言にあたる教務主任やその他の主任等を置く、いわゆる主任制の制度化(以下、単に「主任制」という。)を実施することとし、同月二六日文部省令第四一号「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」を公布し、昭和五一年三月一日から施行することとしたうえ、同年一三日、都道府県教育委員会等関係機関に対して、右省令の改正の趣旨を伝えるとともに、地方教育行政の組織及び運営に関する法律三三条一項に基づく教育委員会規則に右主任等の設置及び職務に関する規定を整備し、かつ管下の市町村関係機関等に対して右省令の改正を徹底すること等を指示する文部事務次官の通達を発した。これを受けた北海道教育委員会(以下、「道教委」という。)は、右省令の改正及び通達の趣旨に則り、北海道内で主任制を実施しようとしたが、被告人両名の所属する北海道教職員組合(以下、「北教組」という。)においては、このような制度化は、教育の国家統制、教職員に対する管理体制の強化及び労働組合の組織破壊などを企図するものであつて、教育の自主性、創造性、専門性を損ない、学校の組織運営の本質と矛盾するなどして、主任制の実施に強く反対する方針を打ち出した。

そこで、主任制の実施に関して道教委と北教組との間で多数回にわたつて交渉がもたれることとなり、同年四月中旬、道教委は、北海道立学校において主任制を実施することを内容とする北海道立学校管理規則の改正要綱案を提示したが、北教組側はあくまで右の制度化自体に強く反対する態度を維持したため、同年五月一八日右交渉を打ち切り、そのころ右規則の改正を行つた。ところが、これに対して、北教組は、同月一九日全一日間にわたる抗議ストライキを行つて、強く交渉の再開を求めたので、道教委は再び北教組との間で多数回にわたつて交渉を重ねたが、やはり合意が成立する見込もなかつたことから、同年一一月一三日に至つて再び交渉を打ち切り、それまで事実上凍結されていた主任制を実施する態度に出たところ、北教組において、同月二〇日午前中ストライキを行い、主任制に関する交渉の再開を強く求めるなどしたため、道教委は違法なストライキの参加者に対しては厳正な処分で臨むとの態度を明らかにし、両者間の対立状態は険悪化した。そこで、北教組は、同年一二月八日第八回全道戦術会議を開催して、当面の闘争目標を、主任制度化の阻止・撤回、主任手当の制度化阻止、主任制に関する交渉の再開、当時の気境公男道教委教育長の解任としたうえ、これを実現するための対抗戦術の一環として、道教委等の教育行政機関の主催する研修事業等いわゆる官制研について北教組組合員を参加させない不参加、拒否戦術を行使することを決定し、次いで、昭和五二年七月下旬に開催された北教組第七二回年次大会においても、主任制を阻止するため、「道教委とのあらゆる交渉の機会をとらえて、交渉の打ち切り及び学校管理規則の改悪の不当性を追及するとともに、主任制度化撤回、交渉再開を要求」し、官制研修・講座への不参加・拒否戦術をひきつづき行使すること、及び「教育課程の編成権が学校の教師集団を中心に父母・国民の側にあることをふまえ、民主的運営と自主的、創造的研修の機会とするたたかいを強化」すること、また、「当局が、文部省の反動的意図の伝達を目的とする講習や研修を一方的に強行しようとする場合は、不参加・拒否闘争体制を確立するとともに、あわせて開催を阻止」し、「主任制闘争との関連で、本年度は新たな文部省、道教委、局、道研などの指定・委託研究は一切拒否」すること等を決定した(証拠略)。

(2)  一方、昭和五二年七月二三日文部省告示第一五五号、第一五六号によつて、小、中学校における教育課程の新しい基準として学習指導要領が改定されたが、これに先立ち、右改定の示達を受けた道教委は、同年四月一四日北教組に対し、新学習指導要領の趣旨の徹底を図る事業として、以下の講習会などの開催要綱を提示した。その内容は、(イ) 同年六月中に文部省の主催で、小、中学校それぞれの関係で仙台市及び秋田市で、新学習指導要領の趣旨説明を目的とする北海道、東北ブロツクの地区別講習会が開催されること、(ロ) その後道教委の主催で、同年七月中に、新学習指導要領の手引き作成委員会を開催して右手引きを作成すること、(ハ) 次いで、同年九月中に、小、中学校それぞれの関係で各二日間ずつ、新学習指導要領について研究協議をし各教育局で行われる教育課程研究協議会の指導助言者となるべき者の研究協議会を開催すること、(ニ) そして、同年一〇月から一一月にかけて各二日間ずつ、北海道内の各教育局単位で、新学習指導要領の趣旨説明及び教育課程についての研究協議会を実施し、講師には右(イ)、(ハ)の会議に出席した者を委嘱し、参加対象者は北海道内の小、中学校等の校長、教頭及び教諭とする、というものであつた。

ところが、前述のとおり、当時、道教委と北教組との間には主任制の実施をめぐつて深刻な対立状態があり、北教組において、主任制に関する交渉の再開を求めて官制研不参加、拒否の対抗戦術を行使中であり、加えて、文部省主催の地区別講習会について、それが学習指導要領に従つて教育課程を編成させ教育内容の国家統制を企図する趣旨に出たものであるとして、北教組所属の一般教諭の参加を拒否する態度を表明していたため、道教委は、一般教諭を地区別講習会へ参加させることを断念し、道教委の指導主事ら管理職の者だけを参加させ、また、前記手引き作成委員会についても、一般教諭の参加を得られず、道教委の指導主事により手引きを作成させた。その間、北教組においては、主任制をめぐる事態打開の問題と新学習指導要領に伴う道教委主催の研究協議会などに関する問題を総合的にとらえることとし、同年七月九日北教組中央執行委員長大野直司名義の書面を道教委に提出し、「現在、道教委と北教組間では主任制問題で対立状態にあり、北教組は主任制交渉における理不尽な道教委の姿勢に対し根強い不信感をもつており、このような事態の解決が第一義的になされなければ、教育課程に関するあらゆる作業、事業について北教組は徹底して不参加、非協力の態度でのぞむ」としたうえ、「一、主任制問題に関する今日の事態解決のため、道教委は早急にそのことに関する交渉を始めるべきであり、手引き作成委員会は事態打開がなされるまで延期すること。二、君が代を国歌と規定するなど極めて問題の多い新学習指導要領にこだわることなく、自主的、創造的に作成される各学校の教育課程を尊重するとの態度を明らかにすること。」の二点について回答を求める旨申入れた。そのため、道教委は、前記のとおり手引き作成委員会の開催を断念したものである。

そこで、道教委は、同年七月下旬北教組に対し、右「申し入れ書」の第二項に関して、「各学校の教育課程は、法令及び学習指導要領に示すところに従い、地域や学校の実態及び児童生徒の心身の発達段階と特性を十分考慮して、適切に編成するものであるところから、各学校の主体性、実践の成果が生かされているものと理解している。」との回答書を示したうえ、同年八月二四日北教組に対し、前記指導助言者研究協議会を、文部省主催の地区別講習会参加者、教育局の指導主事、市町村教育委員会の指導主事及び国公立の小学校、中学校の校長、教頭、教諭を参加対象者として、小学校関係について同年九月一二日、一三日、中学校関係については同月二〇日、二一日にそれぞれ実施するとの実施要領を提示したが、北教組においては、前記申入れ書第二項に対する前記の回答は、「法令及び学習指導要領に従う」との文言を含む点で、従前の道教委の回答と異なつていて了解できない旨及び主任制問題に関する事態の打開のための交渉再開が先決問題であるとの理由をあげて、右指導助言者研究協議会の開催の延期を主張した。このような情勢から、道教委においては、右協議会に一般教諭を参加させることを断念し、とりあえず小学校関係の協議会の延期を決定して、同月一日北教組にその旨伝えた。しかし、道教委としては、新学年度における各学校の教育課程編成作業に要する時間的余裕などを考慮すると、同年一〇月から一一月にかけて各教育局単位の前記研究協議会を実施する必要があり、そのためにはその講師の養成を目的とする前記指導助言者研究協議会を同年九月中に実施しなければならないと考える一方、主任制問題に関する北教組との対立状態が容易に解消される見通しがなく、そのような状況下で右指導助言者研究協議会を実施するからには北教組の抵抗にあうことが必至と予想され、混乱をできるだけ回避するためには、小、中学校の指導助言者研究協議会を合同で実施する方がよいと考え、同年九月二日、北教組に対し、同月中に右研究協議会を合同で実施する旨伝え、次いで、同月八日、その参加対象者を前記地区別講習会の出席者、教育局の指導主事、市町村教育委員会の指導主事及び公立小、中学校の校長、教頭とし、その日程、会場、研究協議項目を原判示のとおりとする本件北海道小、中学校教育課程指導助言者研究協議会の実施要綱を提示した。それとともに、道教委は、同月一二日、前記申入れ書第二項に対する新たな回答として、道教委学校教育部小中学校課長高石道明から、教育課程の編成についての道教委の見解は従前北教組に対して示していたところと同様である旨回答し、北教組はこれを了解した。

(3)  このようにして、道教委は同月一九日から本件協議会を開催することになつたが、北教組はこれを阻止する態度を維持した。右開催の直前における主要な情勢は次のとおりである。主任制問題については、昭和五一年一一月一三日道教委が北教組との交渉を打切つた後、昭和五二年七月初旬ころから、双方間に事態打開への動きが生じ、交渉再開のための予備交渉がもたれることになつた。ところが、道教委は、同年八月一八日市町村教育委員会に対して、北教組が行つたストライキの参加者に関する処分の内申書の提出を指示し、次いで、同年九月一二日、右に関する第一次懲戒処分を行つた。これに対して、北教組組合員らがその抗議として同月一三日以降道教委庁舎内で座り込みをし又はシユプレヒコールをするなどし、道教委の業務の正常な運営が阻害される状況が生じたため、道教委は前記予備交渉を含む一切の交渉を拒否する意向を示した。また、同月一二日、北教組において了解しうる回答を得られない限り教育課程に関する道教委主催の事業について一切協力しない旨主張していた前記申入れ書第二項に対する道教委の最終回答が、前記のとおり、高石課長から示され、北教組はその内容を了解したのであつたが、その際北教組は、本件協議会の実施方法に関して交渉事項があると主張し、しかも同月一九日の開催日までに右交渉を完了できる見込みはないとの理由をあげて、本件協議会の延期を要求した。しかし、道教委はこれを拒否した。このような情勢のもとで、北教組は、同月六日第二回全道戦術会議を開催して、市町村教育委員会の処分内申を阻止するため、「第一回戦術会議決定の対抗戦術を再確認し、主任制闘争で配置した地教委に対する戦術及び追加した社会教育不参加戦術、本務外労働拒否戦術を完全にかつ先制配置」することなどを決定したほか、主任制に関する交渉の再開を要求する官制研阻止闘争として、第二六回北海道学校保健研究大会及び本件協議会の各阻止行動をすることとし、その際作成された「道教委主催昭和五二年度小・中学校教育課程指導助言者研究協議会阻止闘争」の要領中で、闘争目的は、「主任制の事態打開・教育長解任・教育課程自主編成の事実上の認知を勝ちとる」ことにあるとし、北教組各支部に対して合計五〇六名の動員割当をし、「動員団参加の組合員は、支部(支会)の腕章、主任制反対等のゼツケンを持参のこと。また、路上座り込みに耐える服装でくること」などと記載し(証拠略)、更に、同月一二日の第三回全道戦術会議においても、同様の確認をし、本件協議会阻止のための具体的な動員計画を定め(証拠略)、その後作成された本件協議会の「阻止闘争行動要項」(証拠略)中で、原判示のとおり、動員団の編成、指揮系統、役割分担及び闘争行動の基本などを詳細に定めた。このようにして、本件協議会の開催に至つたのである。

所論は、本件行為の直接的な目的は、本件協議会の実施について交渉事項が残されていたので、その交渉を要求することにあり、この交渉を契機にして主任制問題をめぐる事態打開のための交渉再開を求めようとしていたにすぎないものであり、右事態の打開を第一義的な目的として本件協議会を阻止しようとしたものではない、というのである。

そこで、前記認定の諸事実に関係各証拠を合わせて検討すると、(イ) 当時、北教組においては、新学習指導要領の改定に伴い道教委から提示された本件協議会を含む一連の研修事業等に関して、従来から主張してきた学習指導要領の法的拘束力を否定する立場などから、これらの事業がいわゆる伝達講習として実施されることになることを危ぐし、これらの事業の実施方法などについて種々の要望をもつていたことは明らかであるが、本件協議会自体は、一般教諭を参加対象者から除外し、いわゆる管理職の者だけの参加で実施されることになつていたこと、及び、右事業等の実施に関して、北教組が昭和五二年七月九日付申入れ書をもつて、教育課程の編成のあり方についての道教委の基本的見解をただし、これについて了解しうる回答を得られない限り、右事業等の実施について一切協力しない旨の態度を明らかにしていたが、同年九月一二日道教委から前記の回答を得てこれを了解したことなどにかんがみると、北教組としては本件協議会の実施方法に関する要望を放棄したとはいえないとしても、この点に関して全く妥協できないという程の強い意向を有していたなどとは認められないこと、(ロ) 一方、北教組と道教委とは昭和五一年一月以来、主任制の実施問題をめぐつて極めて多数回にわたつて交渉を続け、これを打切られると、北教組は、全組織をあげてこれに対決する方針のもとに二度にわたつてストライキを敢行し、北教組第七二回年次大会及び昭和五二年第二回並びに第三回全道戦術会議においても、闘争の主要目的として「主任制の阻止、撤回」、「主任制に関する交渉の再開」及び「道教委教育長の解任」などを掲げていたことなどに照らすと、主任制問題をめぐる事態の打開、その交渉の再開が、当時の北教組にとつて最重要かつ優先的な闘争課題であつたと認められること、(ハ) また、前記申入れ書中においても、「北教組は主任制交渉における理不尽な道教委の姿勢に対し根強い不信感をもつており、このような事態の解決が第一義的になされなければ、教育課程に関するあらゆる作業、事業について北教組は徹底して不参加、非協力の態度でのぞむ」旨宣明していたこと、(ニ) 右申入れ書第二項に対する道教委の最終回答を受けてこれを了解した際、北教組側において本件研究協議会の実施について交渉事項があることを理由にしてその開催の延期を主張したが、その際右実施方法についての具体的な要望事項を述べた形跡はなく、その後においても本件開催日までに右要望事項を具体的に明らかにした形跡はないこと(北教組側において、本件協議会の実施運営方法に関する交渉を重視しこれを主な理由にしてその延期を求めるものであつたならば、同年九月一二日被告人榊原が高石課長に対し、また同月一四日北教組兼古書記次長が道教委学校教育部長本間末五郎に対し、更に同月一八日兼古次長が高石課長に対し、右協議会の延期を要求した際、その交渉事項を具体的に明らかにしその重要性を力説するのが当然と思われるが、原審証人高石、同本間の各供述をみても、右交渉事項の説明を受けた形跡はなく、かえつて、主任制問題をめぐる事態の打開がないので右協議会の延期を求める旨又はこの状態で協議会を開催するならば混乱が生ずるであろうとか、北教組の動員力を見せてあげますなどと言われたにすぎないことが認められる。)、(ホ) 更に、本件阻止活動の状況をみても、司法警察員ら作成の各写真報告書添付の写真によれば、本件現場に動員された北教組組合員らの大部分が、本件協議会の実施自体をめぐる問題とは直接の関係がない「主任制度粉砕」、「主任制阻止」などと記載されたゼツケンを着用し(証拠略)、また本件現場で使用されていた全北海道労働組合協議会の宣伝車両の上にも「主任制度化粉砕」の二枚の看板を掲げるとともに「改悪学習指導要領の指導者講習阻止、主任制度化粉砕、道教委は交渉を再開せよ」などという横断幕を掲げ(証拠略)、更に本件現場付近に「主任制度化粉砕」、「不当処分撤回、阻止、反動気境行政粉砕」などと記載した多数ののぼりを立てていたこと(証拠略)、また、本件現場の状況を録画したビデオテープによれば、被告人若月を含む北教組関係者が前記宣伝車両上からマイクで繰り返し付近住民及び本件協議会の参加者らに対して叫んでいた演説内容中でも主任制問題に関する事態の打開の重要性が強調されていたことが明らかであり、これらを総合すると、本件協議会阻止闘争の第一義的かつ主要な目的は、原判示のとおり、主任制問題をめぐる事態の打開、すなわち、本件協議会の阻止活動を通じて道教委から主任制問題に関する交渉の再開又はその「窓口」の設定の約束を取り付けることにあつたものと認められる。関係証拠によれば、右現場において被告人両名らが、本件協議会の運営責任者の高石道明課長に対して、主任制問題で事態の打開がないから本件協議会を延期すべきであると要求するとともに、本件協議会の実施について北教組と交渉をしていないのにこれを開催するのは不当であるとしてその延期を要求したり、又は本庁と連絡して交渉に応ずるようにせよなどと要求したりしていたことが認められるが、後記認定のとおり、その際、すでに本件協議会の参加者及びその運営要員合計六〇〇名以上の者が開催時刻を目前に控えて会場前に到着していたものであり、この段階に及んで道教委が本件協議会の開催を延期したり又はその実施運営方法などに関して北教組側と種々交渉を行うなどということはおよそありえないことであり、高石課長らがこれを承諾するはずのないことは、被告人両名を含む北教組関係者らにおいても十分認識していたところであると推認され、それにもかかわらず、被告人両名らにおいて高石課長に対して本件協議会の延期を求めたり、その実施方法に関する交渉を要求したりしたのは、単なる口実にすぎず、真実の意図は、本件協議会を支障なく開催させることとの引換えに道教委から主任制問題をめぐる事態打開のための交渉再開又はその「窓口」の設定の約束を取り付けようとすることにあつたものと認められる。被告人両名、証人兼古哲郎、同町田治雄の、本件阻止闘争の直接の目的は、道教委によつて本件協議会の実施方法に関する交渉を打切られたので、これに関する交渉を求めることにあつたとか、又は主任制をめぐる事態の打開問題とは別に、本件協議会の実施自体について交渉が行われ、これに関する北教組の要望が入れられない限り本件闘争が行われたであろうという趣旨に帰する原審又は当審公判における各供述は到底信用し難く、他に前記認定を動かすに足りる信ずべき証拠はない。本件協議会の阻止闘争の第一義的な目的は、本件協議会と直接に関係のない主任制問題をめぐる事態の打開にあり、この事態を打開するための対抗戦術として本件協議会の阻止活動が行われたものであるとした原判決の認定は、これを肯認することができ、原判決には所論指摘の事実誤認はない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中本件行為の態様に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、第一、第二各現場付近における被告人両名及び北教組組合員らの言動に関する原判決の認定には、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある、というのである。

所論にかんがみ、記録を精査して検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、以下のとおり認定することができる。

(1)  原判示「ホテル層雲」(以下、ホテルという。)付近の状況等は次のとおりである。ホテル東側に国道三九号線がほぼ南北方向に走つており、右国道からホテルに向けてほぼ西方向にY字状に延びる町道があり、北側の旭川寄りの町道(幅員約六・五メートル。右国道からこの町道への入口付近を、原判示に従い、「第一現場」という。)と、南側の北見寄りの町道(幅員約五・三メートル。右国道からこの町道への入口付近を、「第二現場」という。)とは途中で合流して、ホテル前を流れる石狩川の上に架橋された幅員約四・八メートルの彩雲橋を経て、ホテル本館玄関に達している。また、第二現場付近の町道から入ると、前記合流点の手前左側に駐車場があり、その奥にホテル別館がある。別館を経由して本館へ到達することができるが、以上のほかには、ホテル本館玄関に達する経路はない。

(2)  本件当日、道教委においては、北教組組合員らによる本件協議会の阻止行動を予想して、本件協議会の参加者らを、バスに乗車させたまま第一現場の町道を通り彩雲橋を経由してホテル本館まで運び、それができないような場合には、第二現場付近で本件協議会の参加者らを下車させ、第二現場の町道からホテル別館を経由してホテル本館まで誘導する予定をたて、そのため本件協議会の責任者であつた道教委小中学校課長高石道明ほか約二〇名の道教委関係者による誘導班を編成していたところ、北教組においても、これを予期して、当日前記全道戦術会議の決定に従つて道内各地から動員された被告人両名を含む北教組組合員約四三〇名をホテル前付近に集結させ、副指揮者の被告人若月が、ホテル前に駐車中の全北海道労働組合協議会の宣伝車両上から、マイクを通じて、集結した組合員に種々の指示を与えて、第一現場付近に約二〇〇名、第二現場付近に約二三〇名の組合員を、事前に編成された各隊ごとに配置し、両町道入口付近にほぼいつぱいに整列させ、両町道入口付近をほぼ完全にふさぐ体形をとらせて、国道からホテル本館へ入館することを事実上不可能ならしめる状態にしたうえ、同日午後一時ころから、付近住民に対して、「道教委は主任制の導入を計画しているが、これは、教員の勤務のあり方や北教組の組織にとつて重大な問題である。」などと、北教組の本件行動に関する理解を求めたり、その正当性を訴えるなどしていた。

(3)  同日午後一時一五分ころ、本件協議会への参加者らを乗車させたバス一三台が国道三九号線上を旭川方向から第一現場付近に到着したが、前記のとおり第一現場付近の町道が封鎖されてホテル本館へ進入することができないため、高石道明ほか約二〇名の誘導班が下車して第一現場へ赴くと、本件現場における交渉担当者に指名されていた被告人両名は、ほか数名の組合員や北教組書記らとともに、第一現場付近に集結していた組合員らの最前列から約一〇ないし一五メートル前方に出て高石らと対じし、高石らにおいて、同日午後一時一五分ころから同日午後一時四五分ころまでの間、マイクを使用するなどして進路をあけるように繰り返し要求するとともに、「本日十三時三十分からホテル層雲において小中学校教育課程指導助言者研究協議会を実施します。只今から参加者を含め入館しますのでピケを解いて下さい。北海道教育委員会」又は「研究協議会の開会時刻になりました。直ちにピケを解き、入館を妨害しないで下さい。北海道教育委員会」と記載された警告文を掲げたりしたが、これを無視して、本件協議会の開催延期や道教委との交渉再開を要求し、高石課長において交渉に応じる意思はない旨明言しても、立ち塞がりを続け、執ように右要求を繰り返した。第一現場付近に集結していた多数の組合員ら及び付近に駐車中の車両上の組合員も、被告人両名らの言動に呼応して、「道教委は交渉に応じろ」、「主任制度化反対」、「伝達講習はやめろ」、「受講者は帰れ」、「道教委は帰れ」、「伝達講習粉砕」、「高石課長は本庁に連絡して直ちに団体交渉に応じなさい」、「帰れ、帰れ、伝講、伝講、反対、反対」などと叫びあるいはシユプレヒコールを繰り返し、集結していた組合員らはスクラムを組み又は拳を振り上げるなどして、あくまで本件協議会参加者のホテルへの入館を阻止する気勢を示した。その間、高石らにおいて、同日午後一時一八分ころ、三〇分ころ、三四分ころ、四四分ころの四回にわたり、実力でホテルへ進入すべく、対じしていた被告人両名及びほか数名の組合員らを押して出ると、その都度、被告人両名及びほか数名の組合員らは協力して抵抗し、身体全体で力いつぱい高石らを押し止めて押し戻した。

(4)  高石らにおいては、右の状況などを考慮すると、これ以上実力を行使して第一現場を通過してホテル本館へ達することは困難であり、第二現場の町道を通つてホテル別館から入館するほかはないと判断し、同日午後一時四五分ころ第二現場へ移動すると、被告人両名ほか数名の組合員らも同様に移動し、第二現場付近に集結していた組合員らの最前列から約一五ないし二〇メートル前方で再び高石らと対じし、高石らにおいて、同日午後一時五〇分ころから同日午後二時三〇分ころまでの間、マイクを使用するなどして進路をあけるように繰り返し要求するとともに、「研究協議会の開会時刻が過ぎております。公務を執行できないのでピケを解いて下さい。ピケを解かない場合は、相当の措置を講じます。北海道教育委員会」と記載された警告文を掲げたりしたが、これを無視して、本件協議会の開催延期や道教委との交渉再開を要求し、第二現場付近に集結していた組合員ら及び前記車両上の組合員も、これに呼応して、スクラムを組んだり、又は前記同様の内容を叫び又はシユプレヒコールを繰り返して、あくまで本件協議会参加者のホテルへの入館を阻止する気勢を示した。その間、高石らにおいて、同日午後二時三分ころ、九分ころ、二二分ころの三回にわたり、バスから降車していた本件協議会への参加者の前列の者らともども、実力でホテルへ進入すべく、対じしていた被告人両名及びほか数名の組合員らを押して出ると、前二回の際には、被告人及びほか数名の組合員らに第二現場に集結していた組合員らのうち最前列付近の組合員約二〇名もこれに加わつて、スクラムを組んで抵抗し、身体全体で力いつぱい高石らを押し止めて押し戻し、後一回の際には、被告人両名及びほか数名の組合員らが協力してスクラムを組んで抵抗し、身体全体で力いつぱい高石らを押し止めて押し戻した。

(5)  ここに至つて、高石らは、もはや警察力によつて本件協議会の参加者らをホテル本館へ入館させるほかはないと考え、同日午後二時三〇分ころ、付近に待機していた警察部隊に対して出動を要請し、結局警察部隊の活動によつて組合員らを排除又は規制し、同日午後三時一〇分ころ、ようやく本件協議会の参加者らをホテル本館へ入館させることができた。

以上の諸事実を認めることができる。

所論は、原判決は、当日午後一時一五分ころまでに、第一現場に組合員約二〇〇名が、第二現場に組合員約二三〇名がそれぞれ集結して整列し、横列の者はスクラムを組み、各町道入口付近いつぱいにピケツトラインを張つて、国道から同ホテルに通じる道路をいずれも塞ぐ体形をとつた旨認定しているが、右時点においては、組合員らがスクラムを組んだ事実はない旨主張する。

しかしながら、関係証拠、とくに、司法警察員ら作成の写真撮影報告書添付の写真一五五二丁及び一五五三丁によれば、午後一時一五分ころ及び午後一時一七分ころの時点で、第一現場付近の町道を塞ぐ体形で集結していた組合員らの中少なくとも最前列の者らがスクラムを組んでいることが明りように撮影されている。他方、同報告書添付の(証拠略)写真によると、第二現場付近に集結していた組合員らは、午後一時一六分ころと一時一七分ころの時点では、一せいに第一現場方向に身体を向けて町道いつぱいに広がつて整列し、手拳を振り上げるなどしていることが認められるが、スクラムを組んでいる者がいるかどうかは確認することができず、他に右時点ころにおける第二現場の組合員らがスクラムを組んでいたことを確認するに足りる証拠はない。したがつて、原判決が午後一時一五分ころ第二現場に集結していた組合員らもスクラムを組んでいた旨判示をしたのは、失当であるが、この程度の事実誤認は、本件犯罪の成否及びその量刑にかかわりがなく、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認であるとはいえない。

所論は、原判決は、第一現場及び第二現場を通じ高石課長らにおいてホテルへ入館しようとするのを、被告人両名及びほか数名の組合員らが、前後七回にわたつてスクラムを組んで抵抗し身体全体で力いつぱい押し止めかつ押し戻した旨認定しているが、当時被告人両名らは、高石課長らに対し平穏に理を尽くして交渉に応じるよう折衝していたものであり、ただ同課長らが理由も告げずに押してくるのでこれを制止したところ、同課長らは自ら押すのを止めて元の位置に戻つただけであり、被告人らの行為は受動的、防衛的なものであり、スクラムを組んで抵抗し身体全体で力いつぱい押し止めかつ押し戻したりしたことはないなど、と主張する。

そこで、まず、第一現場の状況について検討すると、同所付近で採証活動に従事していた警察官中川公の原審公判証言によると、同人は、道教委関係者と北教組関係者の同所付近での「押し合い」は、午後一時一八分ころ、午後一時三〇分ころ、午後一時三四分ころ、午後一時四四分ころの合計四回あつて、その都度時計で確認してメモしていた旨、また、その状況は、道教委の関係者らが二、三メートル押して出ると、北教組関係者約七名がスクラムを組んで肩とか腕で押し返した旨明確に証言しており、このうち、押し合いの回数について、警察官である原審証人富井秀樹、同桜田実は、二回であつたと思う旨供述しているほか、司法警察員ら作成の各写真撮影報告書添付の各写真及び各ビデオテープの録画中にも、中川証言のいう午後一時一八分ころの押し合いについて明りような映像はないが、富井、桜田は、中川と異なり、押し合いの回数等をメモしたりしてはいなかつたこと、及び前記写真、ビデオテープの映像は、撮影の角度及び時間において制約を免れないものであつたことなどを考慮すると、これらの各証拠は、押し合いの回数に関する中川証言の信用性について合理的疑問を呈するほどのものとは認められず、他にこれを動かすに足りる信ずべき証拠はなく、また、押し合いの外形的な状況が原判決の認定するとおりであつたことについては、中川証言のほかに、原審証人難波三郎、同高石道明、同花輪稔の各供述があり、更に前掲各写真撮影報告書添付の写真及び各ビデオテープの録画中にも明りように示されているところであり、以上の諸点に関する原判決の認定はこれを肯認するに十分である。次に、第二現場の状況についてみると、前記中川の証言によれば、道教委関係者と北教組関係者の同所付近での「押し合い」は、午後二時三分ころ、午後二時九分ころ、午後二時二二分ころの合計三回であつて、前二回の際には、道教委の関係者が押して出て、北教組の関係者七名がスクラムを組んで押し返そうとしたが押し込まれて、後方の組合員約二〇名の協力でようやく押し戻し、後一回の際には、道教委の関係者が押して出たが、北教組の関係者七名がスクラムを組んで押し戻したというのであり、前記難波、高石、花輪の原審各証言も大綱においてこれと符合しており、かつ、司法警察員ら作成の各写真撮影報告書添付の各写真及び各ビデオテープの録画にも同様の状況が明りように示されており、他にこれを動かすに足りる信ずべき証拠はなく、以上に関する原判決の認定はこれを肯認するに十分である。次に、被告人両名らの言動の態様であるが、右各認定事実及び右に引用した各証拠を総合すると、第一現場及び第二現場を通じ、高石課長らが再三、再四にわたつて交渉に応ずる意思がなく、進路をあけるように要求したのに、被告人両名ら及びほか数名の組合員らは、これを無視して執ように本件協議会の延期と交渉の再開などを要求し、その間、数百名の組合員らが被告人両名らの背後において町道を塞ぐ体形で集結し、付近に駐車中の宣伝車両上の組合員とともに、大声で前記認定のとおり叫び又はシユプレヒコールを繰り返して、騒然たる状況を呈し、高石課長らが実力で進入しようとすると、前後七回にわたつて、被告人両名及びほか数名の組合員が、更に第二現場では集結していた組合員中の約二〇名も加わつて、身体全体で力いつぱい高石課長らを押し止め、押し戻すなどしたものであり、しかも、その場所がホテル入口前の、何人も通行を妨げられてはならない町道上であることや、時間が右協議会の開催予定時刻の直前又は既にその時刻を経過した後であつたことなどを考慮すると、被告人両名らのこのような態様の言動は、どのような観点から考えても、平穏で理を尽くしての折衝ないしは説得行為であるなどとみることはできず、また、右のように、被告人両名らと意思を相通じた数百名の組合員らが、あらかじめ、道教委関係者及び協議会参加者らの進路の各町道を塞ぐ体形で集結、配置されていたことなどの状況を全体的に観察すると、被告人両名らの右言動をもつて受動的、防衛的な態様のものと評価することもできない。

その他、所論にかんがみ、本件各証拠に現われた一切の情況を検討しても、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認はなく、論旨は理由がない。

三  控訴趣意中本件行為の結果ないし影響に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、本件行為によつて、本件協議会の開会を約二時間一〇分遅延させ、その後の全体会等の開始も順次遅延させ、研究協議項目の一部の研究協議の省略を余儀なくさせたなどと認定したが、この程度の遅延は道教委側として当初から予想していたところであり、研究協議会の実態などに照らすと、本件行為による影響は実質的にはなかつたに等しいものであるから、原判決には判決に影響を及ぼすべき事実の誤認がある、というのである。

そこで検討すると、原判決挙示の関係証拠を総合すると、本件協議会の主催者においては、開会式を午後一時三〇分から行い、午後二時以降全体会等を行うことを予定していたところ、被告人両名を含む北教組組合員らの前記行為によつて、協議会参加者らは午後三時一〇分ころまで「ホテル層雲」への入館を阻止され、その結果、協議会の開会が午後三時四〇分ころまで約二時間一〇分遅延させられ、そのため、全体会で研究協議することが予定されていた八項目のうち、「学級指導要領と教育課程」、「教育課程の基準の改善の経緯」の二項目、小学校部会及び中学校部会で各予定されていた七項目のうち、「全般的な留意事項」、「教育課程研究協議会の進め方」の各二項目の研究協議を省略することを余儀なくされたこと等を認めることができ、これによれば、本件行為によつて、本件協議会の実施が実質的に阻害され、現実に業務に対する妨害の結果が生じたことは明らかであり、本件行為による影響が実質的にはなかつたことに等しいなどとはいえない(なお、威力業務妨害罪にいう業務の「妨害」とは、現実に業務妨害の結果が発生したことを必要とせず、業務の執行を阻害するおそれのある状態が発生したことで足りるものと解すべきであるから((最高裁判所昭和二五年(れ)第一八六四号同二八年一月三〇日第二小法廷判決・刑集七巻一号一二八頁など参照))、この点からしても、所論は採用の余地がない。)。

原判決には所論指摘の事実誤認はなく、論旨は理由がない。

四  控訴趣意中正当行為による違法性阻却の主張について

所論は、要するに、被告人両名の本件行為は勤労者の団体交渉権の行使として行われたものであるから、労働組合法一条二項により刑事免責を受けるものであり、かりに地方公務員について労働組合法の右規定の適用がないとしても、その行為が正当な団体交渉権の行使と評価される要件を充足する場合には刑法三五条により違法性が阻却されるものであるところ、被告人両名の本件行為については、その目的が正当であつて、手段方法も相当であり、かつ法益の権衡性も認められること、更に道教委の態度の不当性、北教組が要求した交渉事項の重要性、本件当時の事態の重大性、本件行為をとる以外に他に効果的な方法がなかつたことなどを合わせ考慮すると、違法性が阻却されるべきであるのに、原判決が本件行為を違法であると判断したのは、法令の解釈、適用を誤つたものである、というのである。

そこで検討すると、地方公務員に関しては地方公務員法五八条一項により労働組合法は適用されないとされているから、地方公務員の刑罰法規に該当する行為について労働組合法一条二項による刑事免責を論ずる余地はないが、所論にかんがみ、本件行為について、目的の正当性、手段方法の相当性などにより、違法性阻却事由を認めることができるかどうかについて検討する。

前記各控訴趣意に対する判断中で認定した事実に関係各証拠を総合すると、次のとおり判断することができる。

(一)  所論は、被告人両名の本件行為の直接的な目的は、本件協議会の阻止自体ではなく、本件協議会の実施についての交渉の要求であり、更にこれを契機として主任制問題をめぐる事態の打開をも展望していたものであり、しかも、北教組は道教委に対して、本件協議会の実施について交渉などを要求しうる権利を有し、かつ事前に道教委に対し交渉事項があるが開催期日までに交渉を完了できる見込みがないとして開催の延期を要求していたのに、道教委が右延期要求を拒否して本件協議会を開催した経緯等に照らすと、被告人両名の本件行為は目的において正当なものであつた、というのである。

前記認定事実によれば、本件現場において、被告人両名が本件協議会の運営責任者の高石課長に対して、主任制問題で事態の打開がないから本件協議会を延期すべきである旨要求するとともに、本件協議会の実施について北教組と交渉をしていないのにこれを開催するのは不当であるとしてその延期を要求したり又は本庁と連絡して交渉に応ずるようになどと要求したりしたこと、また、本件協議会の開催に先立つ同年九月一二日及び同月一四日などにも、被告人榊原又は兼古書記次長から高石課長や本間部長に対して、主任制問題をめぐる事態の打開のないこと及び本件協議会の実施について交渉事項があることなどを理由にして、本件協議会の開催の延期を要求したが、道教委は右延期の要求を拒否して本件協議会を開催したものであつたことは明らかである。ところで、北教組の本件協議会阻止闘争の第一義的な目的は主任制問題をめぐる事態の打開にあり、本件協議会の実施についての交渉の要求ないし右交渉を経ていないことを理由とする右協議会の延期の要求自体は、右闘争の主要な目的でなかつたと認められることも、前記認定のとおりであるが、北教組において本件協議会の実施について道教委に対して交渉を要求しうる権利を有し、事前にこれを要求したのに道教委が違法にこれを拒否して本件協議会を開催したということができ、かつ、被告人両名の本件現場における行為が実質的に右協議会の実施についての交渉の要求と評価しうるものであるならば、被告人両名の本件行為の目的は正当なものである、ということができよう。

しかしながら、被告人両名の本件現場における行為の具体的内容及びその際の状況等は、控訴趣意中「本件行為の態様に関する事実誤認の主張」に対する判断中で認定したとおりであり、要するに、道内各地から出張してきた右協議会の参加者及び運営要員六〇〇名以上が右協議会の開催時刻を直前にしてその会場前に到着したその時間、場所をとらえて、被告人両名が数名の組合員とともに、予告もなしに、右協議会の運営責任者の高石課長の前に現われて、右協議会の開催の延期又はその実施についての交渉を要求し、同人から直ちにこれを拒否されたのに、右要求を続けたこと、しかも、被告人両名らに呼応して、右開催阻止闘争を標ぼうして動員された数百名の組合員が、高石課長及び参加者らの進路を塞いで集結し、あくまで右協議会を阻止する気勢を示していたこと、更に高石課長らが前進しようとすると、被告人両名は組合員らとともに実力でこれを阻止する行動に出たこと、以上のようなものであつて、これらの全情況に照らすと、被告人両名の本件行為をもつて単なる本件協議会の実施についての交渉の要求行為であると評価することはできず、交渉ないし折衝、説得などといえるものではなく、その実質は右協議会の阻止活動にすぎないものと認めざるをえない。

のみならず、道教委が本件協議会を開催した経緯、趣旨、目的等は、既に認定したとおりであり、文部大臣が学校教育法二〇条、三八条、一〇六条等により小、中学校における教育の機会均等の確保と教育内容に関する全国的な一定の水準の維持のため、小、中学校における教育課程の基準として学習指導要領を改定したことに伴い、道教委において、右改定の趣旨の徹底を期するため地方公共団体の執行機関として学校を管理運営すべき責任を全うするための研修事業の一環として(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条八号参照)、本件協議会を実施しようとしたものであり、その事業内容は、校長、教頭、指導主事等に対する学習指導要領の改定の趣旨の説明とこれらの参加者らによる新学習指導要領及び教育課程についての研究、協議につきるものである。このことに徴すると、本件協議会の実施は、教育行政機関である道教委の固有の権限と責任において企画、決定、執行されるべきものであり、地方公務員法五五条三項にいう「地方公共団体の事務の管理及び運営に関する事項」にあたるものと認められ、したがつて、道教委において右協議会の実施等について任意に利害関係者等から意見を聴取することは格別、これについて地方公務員の職員団体である北教組から交渉の申入れを受けても、道教委が法的義務として右申入れに応ずべき地位に立つことになるものではないと解される。もつとも、この点に関して、(1) 所論は、小、中学校の教員は「教育の自由」を有するところ、学級指導要領は、それに法的拘束力が認められる限り、この「教育の自由」を制限、制約するものであり、本件協議会の運営いかんによつては教員の「教育の自由」が不当に侵害されること、そして教員の「教育の自由」は教員の勤務条件に関連性があること、また、行政当局の実施する事業が地方公務員法五五条三項にいう管理運営事項にあたるとしても、それが同時に地方公務員の勤務条件に関連する場合には、同条一項の交渉申入れの対象事項になることなどの理由をあげて、本件協議会の実施について北教組は道教委に対し交渉を求める権利を有していた、という。たしかに、教員が小、中学校において教育を行うにあたつては自主性と創造性が発揮されることが要請され、そのためには教育の方法その他に関して相当大幅な自由裁量が認められなければならないものである。しかし、その自由はもとより無制限、無制約なものではなく、義務教育に属する普通教育としての特質等にかんがみ、一定の制限、制約が存在し、とくに、教育内容については、文部大臣が学校教育法及び同法施行規則に基づいて定める学習指導要領を基準として行われなければならず、この範囲において小、中学校の教員の「教育の自由」は制限、制約を免れないものであり、このことは、最高裁判所昭和四三年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁の趣旨とするところでもある(なお、学習指導要領は、同判決にいう必要かつ合理的と認められる大綱的基準にとどめられなければならないところ、本件で問題とされている昭和五二年の小、中学校の各学習指導要領の内容を通覧してみても、全体として必要かつ合理的と認められる大綱的基準の範囲を逸脱しているとは認められない。)。そして、本件協議会は、右学習指導要領の改定の趣旨等について研究協議が行われることを目的として開催されたものである。そうすると、本件協議会の開催によつて、前記の限度で認められる教員の「教育の自由」が不当に制限、制約されることになるとは認められず、また、これによつて教員の勤務条件が侵害されることになるとも思われないから、右所論は採用できない。(2) また、所論は、本件のような協議会の実施については、道教委と北教組との間で必らず事前に交渉を行うべき慣行が存在していた、というが、少なくとも管理職の者だけが参加する研究協議会についてそのような慣行があつたと確認しうる証拠がないだけではなく、地方公務員法五五条三項の定める交渉の対象とすることができない事項の範囲が当事者間の慣行によつて変更されることになると解することはできない。(3) 所論は、教職員組合は憲法二八条の団体交渉権を有し、これに基づき本件協議会の実施について交渉を要求する権利を有していた、というが、地方公務員について憲法二八条の団体交渉権の保障がどのような制限を受けるかの問題は別として、少なくとも地方公務員法五五条三項所定の管理運営事項にあたる本件協議会の実施については、憲法の右規定を援用して団体交渉を要求する権利があると解すべき余地はなく、右所論も採用できない。(4) 更に、所論は、教員団体は、教育の本質・特性に由来する教育条理として、教育行政当局に対し教育政策、教育問題等について協議を要求する権利があり、これに基づき本件協議会の実施について道教委に対して協議を要求する権利がある、という。教育行政当局と教員団体との間で、教育政策及び教育問題等に関して、事情の許すかぎり、十分な話合いないしは協議が行われることは望ましく、かつ期待されるべきことであるが、これを法的な権利、義務と解すべき根拠はない。これを要するに、以上のとおり、本件協議会の実施については北教組が道教委に対して交渉を要求しうる権利を有するとは認められず、道教委において北教組と交渉を経たうえでなければ本件協議会を開催することが許されなかつたものでないことは明らかである。そうすると、被告人両名の本件行為の目的が本件協議会の実施についての交渉の要求にあつたことを理由にして本件行為の目的の正当性をいう所論は、この点からも、採用することができない。

更に、被告人両名らの本件協議会阻止闘争の第一義的な目的が、主任制問題をめぐる事態の打開にあつたことは前記のとおりである。しかし、本件協議会と直接の関係のない主任制問題の事態打開のため右協議会を阻止しようとすることは、相手方に対する一種の強制行為に外ならず、このような行為目的は違法性阻却事由を構成すべき正当化要素とみることはできない。

(二)  次ぎに、所論は、被告人らの本件行為は、手段方法において相当性の範囲を逸脱したものではない、という。しかしながら、地方公務員については、その地位の特殊性、労務の公共性、また、その勤務条件がすべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮のもとに、国民又は住民全体の意思を代表する国会又は地方公共団体の議会において法律、予算及び条例によつて決定されるものであること、更に、勤務条件に関する利益保護の機構として第三者的立場で必要な職務権限をもつ人事委員会又は公平委員会があり、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置を行うこととされていることなどから、憲法二八条の団体交渉権が制限され、地方公共団体の機関の管理運営事項ないし職員の勤務条件あるいは政治的目的についての要求を貫徹する目的で、地方公共団体の機関の活動能率を低下させ又はその業務の正常な運営を阻害する集団的かつ組織的な行為としての争議行為をすることが禁止されていることは、地方公務員法三七条一項の規定上明らかであり、かつ、この規定が憲法に違反するものでないことは最高裁判所昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号一一七八頁により明らかである。本件において、被告人両名は、地方公務員の職員団体である北教組組合員多数とともに、主任制に関する交渉の再開、主任制の阻止、撤回、道教委教育長の解任、教育課程の自主編成の事実上の認知などの要求を掲げて、これを貫徹する目的で、道教委主催の本件協議会の阻止闘争を組み、前記認定のような集団的かつ組織的行動に出て、本件協議会の開催を遅延させ、地方公共団体の機関の業務の正常な運営を阻害したものである。被告人両名のこのような行為の態様に照らすと、本件行為の手段、方法が相当性の範囲内にあつたとは認められない。

そうすると、所論の法益の権衡性などの点について判断するまでもなく、被告人両名の本件行為について違法性阻却事由があるとは認められず、本件行為を違法とした原判決に所論の法令の解釈、適用の誤りがあるとはいえない。論旨は理由がない。

五  控訴趣意中可罰的違法性がないとの主張について

所論は、要するに、本件行為は、威力業務妨害罪が予定した可罰的違法性を欠くか又は法秩序全体の見地から許容されるものであるにもかかわらず、可罰的違法性に欠けるところはない旨判断した原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の解釈、適用の誤りがある、というのである。

しかしながら、すでに認定した本件に至る経緯、本件行為の目的、態様、本件行為による本件協議会の開催の遅延の状況等を総合すると、本件行為が可罰的違法性を有しないとはいえないから、原判決には所論のような法令の解釈、適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

六  弁護人の弁論にかんがみ、職権により記録を精査して、原判決の被告人両名に対する量刑の当否について検討すると、原判決が「量刑の理由」中で述べるところは相当であり、当審においても被告人両名の有利に参酌すべき事情についての立証はなく、原判決を破棄すべき事由があるとは認められない。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部保夫 横田安弘 大渕敏和)

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